下顎骨切り術の代表的術式:SSROとIVROとは
顎変形症の外科的矯正治療において、下顎骨の移動を伴う手術は非常に重要な役割を果たします。その中でも、下顎骨切り術として世界中で広く用いられているのが、下顎枝矢状分割術(SSRO:Sagittal Split Ramus Osteotomy)と下顎枝垂直骨切り術(IVRO:Intraoral Vertical Ramus Osteotomy)です。これら2つの術式は、それぞれ異なるアプローチで下顎骨を分割し、理想的な位置へと移動させます。 SSROとIVROは、どちらも優れた治療法ですが、骨の切り方、固定方法、術後の経過、そして顎関節への影響において明確な違いがあります。患者さん一人ひとりの骨格的な特徴、顎関節の状態、そして治療目標に合わせて、これらの術式を適切に選択することが、機能的な咬合(かみ合わせ)を獲得し、長期的な安定を得るための鍵となります。本記事では、これら2つの術式を詳細に比較し、それぞれの特性を明らかにしていきます。
SSRO(下顎枝矢状分割術)の特徴とメリット・デメリット
SSRO(下顎枝矢状分割術)は、現在最も一般的に行われている下顎骨切り術です。下顎枝を矢状方向(前後方向)に分割することで、骨の接触面積を広く確保できるのが最大の特徴です。
SSROのメリット
SSROの最大の利点は、骨の接触面積が広いため、チタンプレートやスクリューを用いた強固なプレート固定が可能である点です。これにより、術後の骨の治癒が早く、後戻り(リラプス)が少ないという優れた安定性を誇ります。また、下顎骨を前方へ移動させることも、後方へ移動させることも可能であり、適応範囲が非常に広いことも大きなメリットです。さらに、強固な固定により、術後の顎間固定(上下の歯をワイヤー等で固定すること)の期間を短縮、あるいは不要にできるケースが多く、患者さんの早期の社会復帰やQOL(生活の質)向上に大きく貢献します。
SSROのデメリット
一方で、SSROには注意すべき点もあります。骨を分割する際、下顎骨の内部を走行する下歯槽神経に近接するため、術後に下唇やオトガイ部(あご先)の知覚異常(しびれ)が生じるリスクがIVROと比較して高い傾向にあります。多くの場合、この知覚異常は数ヶ月から数年かけて徐々に回復しますが、稀に長期的に残存する可能性もゼロではありません。また、顎関節に既存の症状(顎関節症など)がある場合、強固な固定が顎関節に負担をかけ、症状を悪化させるリスクも考慮する必要があります。
IVRO(下顎枝垂直骨切り術)の特徴とメリット・デメリット
IVRO(下顎枝垂直骨切り術)は、下顎枝を垂直方向に直線的に骨切りする術式です。SSROと比較して手技がシンプルであり、特定の症例において非常に有効な選択肢となります。
IVROのメリット
IVROの最大のメリットは、下歯槽神経の損傷リスクが極めて低いことです。骨切り線が神経の走行ルートよりも後方に位置するため、術後の知覚異常の発生率を大幅に抑えることができます。また、骨片をプレートで固定しない(あるいは緩やかな固定にとどめる)ため、顎関節への負担が少なく、術後の筋肉の牽引力によって下顎頭(顎関節の関節突起)が自然な位置に誘導されます。これにより、術前に顎関節症状(痛みや雑音など)を抱えている患者さんにおいて、症状の改善が期待できるという大きな利点があります。
IVROのデメリット
IVROのデメリットとしては、骨の接触面積がSSROに比べて狭いため、骨の癒合に時間がかかることが挙げられます。そのため、術後に長期間(通常2〜4週間程度)の顎間固定が必要となるケースが多く、その間は口を開けることができず、流動食での生活を余儀なくされます。これは患者さんにとって大きな負担となります。また、下顎骨を後方へ下げる(セットバック)症例には適していますが、前方へ引き出す症例には適応できません。さらに、術後の安定性という点では、強固な固定を行うSSROに一歩譲る部分があります。
SSROとIVROの比較表
両術式の違いをより明確に理解していただくため、主要な項目について比較表にまとめました。
| 比較項目 | SSRO(下顎枝矢状分割術) | IVRO(下顎枝垂直骨切り術) |
|---|---|---|
| 骨の分割方向 | 矢状方向(前後方向) | 垂直方向 |
| 骨の接触面積 | 広い | 狭い |
| 固定方法 | プレート固定(強固) | 固定なし、またはワイヤー固定(緩やか) |
| 顎間固定期間 | 短い(または不要) | 長い(2〜4週間程度) |
| 下歯槽神経麻痺リスク | 相対的に高い | 極めて低い |
| 顎関節への影響 | 負担がかかる場合がある | 症状の改善が期待できる |
| 適応症例 | 下顎の前方・後方移動、非対称など広範 | 主に下顎の後方移動(下顎前突) |
| 術後の安定性 | 非常に高い | 筋肉の適応に依存する部分がある |
顎関節への影響と術式の選択基準
顎変形症の手術において、顎関節への影響は術式選択の極めて重要なファクターとなります。 SSROは、骨片を理想的な位置で強固にプレート固定するため、咬合の安定性は抜群です。しかし、その強固な固定ゆえに、下顎頭が関節窩(顎関節のくぼみ)内で不自然な位置に押し込まれたり、関節円板に過度な圧力がかかったりするリスクがあります。特に、術前から顎関節症の症状がある患者さんに対してSSROを行う場合は、術後の症状悪化を防ぐための細心の注意と高度な技術が要求されます。 一方、IVROは骨片を強固に固定しないため、術後の咀嚼筋の働きによって下顎頭が関節窩内の生理的に安定した位置へと自然に誘導されます。この「自己調整機能」により、顎関節への負担が軽減され、術前に存在した顎関節の痛みやクリック音(カクカクという音)が改善するケースが多く報告されています。 したがって、術式の選択にあたっては、単に骨格のズレを治すだけでなく、顎関節の状態を詳細に評価することが不可欠です。顎関節症状が強い下顎前突症例ではIVROが第一選択となることが多く、逆に顎関節に問題がなく、早期の社会復帰を望む場合や、下顎を前方に移動させる必要がある場合はSSROが適応となります。
ミライズ顎変形症クリニックの治療実績と安全性
ミライズ顎変形症クリニックでは、患者さんの安全と長期的なQOL向上を最優先に考え、SSROとIVROをはじめとする高度な外科的矯正治療を提供しています。
当院は、矯正歯科と口腔外科の両分野において日本顎変形症学会認定医を擁する全国唯一の民間施設です。統括院長の富田大介は、東京都の民間クリニックで唯一の日本顎変形症学会認定医(矯正歯科)であり、名誉顧問・医学博士の大村進、そして日本口腔外科学会認定医・指導医である君塚幸子とともに、各分野のスペシャリストが緊密に連携するチーム医療を実践しています。
これまでの豊富な臨床経験に裏打ちされた確かな技術により、当院では症例数143例において、重篤合併症0件という極めて高い安全性を維持しています。また、SSROを中心とした低侵襲な手術手技と独自の術後管理プログラムにより、社会復帰63%以上が1週間未満という驚異的な早期回復を実現しています。患者さんからの満足度も8.9/10と非常に高く、機能的な咬合の回復だけでなく、審美的な改善や術後の快適な生活において高い評価をいただいております。
まとめ:最適な術式選択で機能的な咬合を取り戻す
SSROとIVROは、それぞれに優れた特徴とメリット・デメリットを持つ下顎骨切り術です。どちらの術式が優れているかという単純な比較ではなく、患者さん一人ひとりの骨格、顎関節の状態、ライフスタイル、そして治療に対するご希望を総合的に判断し、最適な術式を選択することが何よりも重要です。
ミライズ顎変形症クリニックでは、術前の精密な検査とシミュレーションに基づき、患者さんにとって最も安全で確実な治療計画をご提案いたします。顎変形症でお悩みの方、かみ合わせや顎関節に不安を抱えている方は、ぜひ一度当院にご相談ください。専門医があなたの状態を正確に診断し、最適な治療への第一歩をサポートいたします。
著者バイライン
- 著者:大村進(名誉顧問・医学博士)
- 査読者:富田大介(統括院長・日本顎変形症学会認定医)
- 公開日:2026年6月18日
- 更新日:2026年6月18日
参考文献
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関連FAQ
Q1. SSROとIVRO、どちらの手術の方が痛いですか? A1. 手術中の痛みは全身麻酔下で行うため全くありません。術後の痛みに関しては個人差がありますが、一般的に骨を強固に固定するSSROの方が、術直後の痛みがやや強い傾向にあるとされています。しかし、適切な鎮痛剤の処方により、どちらの術式でも痛みは十分にコントロール可能です。
Q2. 手術後、どのくらいで食事ができるようになりますか? A2. SSROの場合、強固な固定を行うため、術後数日から1週間程度で軟らかい食事(お粥など)を開始できることが多いです。一方、IVROの場合は顎間固定期間が長くなるため、2〜4週間程度は流動食となり、通常の食事に戻るまでにはSSROよりも時間がかかります。
Q3. 顎関節症があるのですが、手術は受けられますか? A3. はい、受けられます。むしろ、顎変形症の手術によってかみ合わせが改善することで、顎関節症の症状が軽減するケースも多くあります。特にIVROは顎関節への負担が少なく、症状改善に有効な場合があります。術前の精密検査で顎関節の状態をしっかりと評価し、最適な術式をご提案します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスではありません。 治療の適応や詳細については、必ず専門医にご相談ください。 治療期間・費用・リスク・副作用は症例により異なります。


